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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)717号 判決

理由

一、被控訴人所有の中央区日本橋芳町一丁目八番地所在家屋番号同町一一四番木造亜鉛メッキ鋼板茸二階建店舗兼居宅一棟床面積一階一九・八三平方メートル(六坪換算)二階二三・一四平方メートル(七坪換算)(以下建物という)について、控訴人を抵当権者とする債権額金二〇万円の抵当権設定登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

二、控訴人は「被控訴人は、申請外永井元に対し、あるいは同人を介して申請外三共土地建物株式会社代表取締役平山正雄に対し、右抵当権設定についての代理権を与えた」と主張するので、この点について考える。

《証拠》によると、被控訴人は昭和二五年二月、本件建物の修理や娘の結婚の費用に充てるため借財の必要が生じたため本件建物を担保として資金の融通を得ようと考え、永井元に対しその旨を告げて本件建物の権利証(同月七日受付の所有権保存登記の登記済証)、自己名義の委任状、印鑑証明書を交付したことが認められ、右認定の事実に徴すれば被控訴人は本件建物を担保として金銭を借り入れることについての代理権を永井に付与したものと推認するのが相当である。前掲永井証人の証言及び被控訴人本人の供述中には、永井に対する右書類の交付は本件建物を担保に金融が得られるかどうかの調査だけを依頼するためになされたものにすぎない旨の供述部分があるが、そのような趣旨であれば、権利証はともかくとしても委任状や印鑑証明書を交付する必要はなかつたはずであつて、右供述部分は直ちには信用することができない。

次に、《証拠》を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

「永井元は被控訴人から受取つた前記の権利証、委任状及び印鑑証明書を申請外三共土地建物株式会社代表取締役平山正雄方に持参し、本件建物を担保として金二〇万円を融通して貰いたい旨申し入れたところ、同会社には融通しうる資金がなかつたので、同会社の仲介により控訴人から右二〇万円の融通を受けることとなり、同会社に宛てて自己(永井)の名義で金額二〇万円、振出日昭和二五年二月一八日、支払期日同年三月一七日の約束手形一通を振り出し、その手形とともに前記の書類を同会社代表者平山に交付した。そこで右平山は昭和二五年二月一八日右手形を控訴人に裏書譲渡し永井の代理人として控訴人から金二〇万円を借り受け、その債務の担保として被控訴人名義で本件建物に抵当権を設定することを合意し、前記の書類を控訴人に交付した。右抵当権の登記手続は右手形の支払期日前にはしない約定であつたところ、右手形が期日に支払われなかつたので、同年五月一日に控訴人が右権利証および委任状を用いてなしたものである(前記一の登記)。なお、平山は右借受金二〇万円を永井に交付せず、永井の前記会社に対する従前の債務の弁済に充当した(これに対して永井が異議を述べた形跡はない)。」

右の事実が認められ、前掲永井証人の証言、当審における控訴人本人の供述中平山が被控訴人の代理人として右二〇万円を借り受けた旨の供述部分その他右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を覆えすに足りる資料はない。なお、前掲平山証人、当審証人八木喜美男の各証言、当審における控訴人本人の供述中には、前記貸借に当り平山が被控訴人方を訪れ、その際被控訴人は「本件建物を担保として提供する、永井を応援してくれ」と述べた旨、また、前記抵当権設定登記をなすに当り、前記会社の使用人である八木喜美男が被控訴人方に赴き登記に必要な印鑑証明書の交付を求めた(前に交付を受けたものは有効期間が経過したため)ところ、被控訴人はこれに応じた旨の各供述部分は、原審及び当審における被控訴人本人の供述に照らして直ちに信用し難い(なお、印鑑証明書に関する現行不動産登記法施行細則四二条の規定が施行されたのは昭和二六年七月一日以降である)。その他被控訴人が永井の前記借入金債務のため本件建物を担保として提供することを承諾した事実を認めるべき資料はない。

以上に説示したとおり、被控訴人は自己のためにする金銭借入につき本件建物に抵当権を設定することを承諾し、それについての代理権を永井に付与したにすぎないのであるから永井の依頼により平山が、永井の借入金債務を担保するためにした前記抵当権設定の合意は、権限に基づかない行為であるといわなければならない。

三、次に、控訴人の民法一〇九条による表見代理の主張について判断する。

被控訴人が本件建物の権利証、印鑑証明書、委任状を永井に交付したこと、平山が永井から更に交付を受けたそれらの書類を控訴人に示して前記二〇万円の借入の申込をしたことは前示したとおりである。しかしながら、それらの事実から、被控訴人が第三者に対し永井に本件建物を担保とする被控訴人のための金銭借入について代理権を与える旨を表示したものと解しうるにしても、本件建物を永井自身のための金銭借入による債務の担保に供することについてまで代理権を付与する旨を表示したものと解することは困難である。従つて本件につき民法一〇九条を適用することはできない。

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